水戸地方裁判所 昭和48年(ワ)55号 判決 1974年7月29日
主文
被告は、原告荻谷のぶに対し別紙目録記載第一、第三の各土地につき昭和二七年二月二五日付時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
被告は、原告荻谷わくりに対し別紙目録記載第二の各土地につき所轄官庁に農地法第三条に基づく所有権移転の許可申請手続をせよ。
被告は、原告荻谷わくりに対し右許可がなされた場合右第二の各土地につき所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求めた裁判
原告等訴訟代理人は、昭和四八年(ワ)第五五号事件につき主文第一(但し、別紙目録記載第三の各土地―以下、同目録記載の番号を付して本件土地という。―を除く。)ないし第三項と同旨の判決並びに同年(ワ)第三四二号事件につき、主文第一項(但し、本件第一の土地を除く。)、第三項と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、右両事件につき、いずれも「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告等訴訟代理人は、その請求原因として、次のとおり陳述した。
(一)、被告は、本件第一、第三の各土地を所有していた者であるが、昭和二四年六月二日水戸家庭裁判所において、菊池(旧姓荻谷)晃に対し右各土地を贈与する旨の調停(同庁昭和二四年(家イ)第一五五号物件贈与調停事件)をなし、その頃これを同人に引渡した。
原告のぶは、昭和二七年二月二五日右晃から本件第一、第三の各土地の贈与を受けてこれが引渡しを了し、爾来右各土地を所有の意思をもつて平穏、公然に占有を継続し、かつ、占有の始め善意にして過失がなかつたから、占有を始めてから一〇年を経過した同三七年二月二五日時効によりこれら土地所有権を取得した。
(二)、被告は、本件第二の各土地を所有していた者であるが、昭和二四年六月二日成立した前記調停事件において、原告わくりに対し右各土地を贈与しその頃これが引渡しを了した。
(三)、よつて、被告に対し、原告のぶは、本件第一、第三の各土地につき昭和三七年二月二五日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求め、原告わくりは、本件第二の各土地につき所轄官庁に対し農地法第三条の規定に基づく所有権移転の許可申請手続をなし、右許可のなされた場合右各土地につき所有権移転登記手続を求めるため、本訴請求に及んだ。
二、被告訴訟代理人は、答弁並びに抗弁として、次のとおり陳述した。
原告の請求原因第一項の事実中、被告が原告のぶ主張の日その主張する調停事件において菊池晃に対し被告所有の本件第一、第三の各土地を贈与したこと及びその頃本件第三の各土地を引渡した事実を認めるが、その余の事実を否認する。本件第三の各土地上には原告のぶの夫所有建物が存し同人において右土地を自主占有している。
ところで、本件第一、第三の各土地は被告が被告方から分家した晃に対し生計の資とする目的で他の土地とともに贈与したものであるが、晃が他家に養子に行くことになつたため右贈与契約は前記調停成立後間もなく被告と晃との間で合意解除されたので、その後被告において本件第一の土地につき見廻りや下草刈り等所有者としての行為をしていたのである。
同第二項の事実を認める。
しかしながら、被告は、原告わくりの請求に応ずべき筋合いのものではない。その理由を詳言すると、次のとおりである。
すなわち
(1)、本件第二の各土地の贈与契約は、原告わくりが既に老齢であつたところから、同原告において右各土地を耕作に供し得るが所有名義を被告に残し、同原告死亡の際は当然に右土地を被告に返還されるべき旨の、いわゆる「隠居面」としての贈与であるから、原告わくりは、被告に対し右土地に対する移転登記請求権を有しない。さればこそ、右各土地が贈与されてから今日に至るまで二四年間その移転登記手続がなされなかつたのである。
(2)、更に、前記調停において、原告わくりの占有管理していた三馬力Z式発動機一台を同原告、被告及び晃三名の共有とし互に必要に応じて使用しうる旨約定されていたが、右は、原告わくりに対する右贈与の前提とされていたのであるのにかかわらず、原告わくりは、約旨に反して右発動機を被告に使用させなかつたばかりでなく、その後間もなくこれを他に売却処分した。そこで、被告は、その頃原告わくりに対し右贈与契約を解除する旨の意思表示をした。
(3)、仮に、以上の主張がすべて理由なしとするも、原告わくりが被告に対し、本件第二の各土地につき農地法第三条に基づく許可申請に協力を求める権利及びそれを条件とする所有権移転登記手続請求権は、一〇年、または少くとも二〇年の経過により消滅すべきものであるから、そのいずれにせよ右の各権利は、時効により消滅した。
以上の次第であるから、原告等の本訴請求は、いずれも失当として、棄却さるべきものである。
三、原告等訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として、次のとおり陳述した。
被告の抗弁(1)の事実中、原告わくりが既に老齢であつたとの事実を認めるが、その余の事実を否認する。前記調停調書には
被告は原告わくりに対し本件第二の各土地につき遅滞なく所有権移転登記手続をなす旨の記載があることによつても明らか
なとおり、原告わくりに対する贈与は、被告のいうところの「隠居面」の贈与ではない。
同(2)の事実中、前記調停において被告の主張する発動機一台を原告わくり、被告及び晃三名の共有とし互に必要に応じて使用しうる旨約定された事実を認めるが、その余の事実を否認する。右発動機は調停成立後右三者で使用されていたが、右調
停から一一カ月後の再度の調停において原告わくりの単独所有とされたものである。
同(3)の主張は争う。
第三、証拠(省略)
理由
一、原告のぶの請求について
先づ、原告のぶの時効取得の主張について判断するに、被告が昭和二四年六月二日水戸家庭裁判所における物件贈与調停事件(同庁同年(家イ)第一五五号事件)において菊池晃(旧姓荻谷)に対し本件第一、第三の各土地を贈与する旨の調停をなしその頃右同人に対し右第三の各土地を引渡した事実は、当事者間に争いがなく、右の事実に成立に争いのない甲第四号証、証人菊池晃の供述によつて成立を認める甲第三号証に証人荻谷良英、細谷好道、菊池晃、原告本人荻谷のぶ、荻谷わくり、被告本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めることができる。
(一)、荻谷惣重は被告の肩書住所地において農業に従事していた者であるが、その妻である原告わくりとの間に長男被告、四男晃、四女である原告のぶのほか五女よし子等七人の子を有していた(二男及び三男はいずれも既に死亡していた。)が、昭和二一年七月二〇日右晃が茨城県東茨城郡酒門村大字石川(現在の水戸市元石川)六四九番地に分家したので、その頃同人のためと隠居所を兼ねて本件第三の各土地に住居を建築し始めたが、同二二年四月五日その完成をまたずに死亡したため同日被告において家督相続により同人の有した権利義務一切を承継取得するに至つたこと。
(二)、ところで、原告わくりが被告との折合いを欠いたため同二二年頃から晃は原告わくり、妹である原告のぶ、はる、よし子とともに未完成の右建物に居住し右晃において原告わくり及び妹等の面倒をみることとなつたため、被告を相手方として水戸家庭裁判所に対し前示物件贈与の調停を申立てた結果、晃は被告から当時耕作管理していた本件第一、第三の各土地を含む不動産の贈与を受けその頃これが引渡しを受けたこと。
(三)、ところが、晃は原告わくりの反対を押切り予ねてから親しく交際していた菊池某女と結婚し原告等と別居して同女と生活することになつたため、同二七年二月二五日原告のぶに対し原告わくり及び妹よし子の面倒を託するとともに本件第一、第三の各土地及び右第三の土地上に存した前示建物等同人の所有していた一切の不動産を贈与してその頃これが引渡しを了したこと。
(四)、原告のぶは同三〇年頃当時山林(雑木林)であつた本件第一の土地の周辺に杉等の境木を植えてその土地の範囲を明確にしたうえ落葉を拾う等して手入れをし同三四年頃そのうち約六〇アールを開墾して畑とし以来これを耕作し、他方、本件第三の各土地上に存した前示建物は晃から同原告の夫浩名義となしたうえこれに居住し右各土地を宅地として使用していたが、同三六年頃これを木造瓦葺二階建住家一棟(床面積一、二階合計約一四一・九平方米)に建替えたほか、右地上に木造瓦葺平家建物置一棟(床面積約二九・七平方米)、木造瓦葺平家建肥料舎一棟(床面積約六・六平方米)及び床面積約二四・七五平方米の豚舎一棟を所有して現在に至つたが、この間何人からも異議を述べられなかつたこと。
を認めることができ、右認定に反する証人荻谷正志、被告本人の各供述部分は、前顕各証拠に照らして措信できず、他にこれを動すに足る証拠は存しない。なお、被告は、晃に対する前示贈与契約はその後合意によつて解除された旨主張するが、これに符合する被告本人の供述のみによつてはこれを認めることはできず、他にこれを肯認するに足る証拠も存しない。
以上認定した事実によれば、原告のぶは、昭和二七年二月二五日から本件第一、第三の各土地を所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有し、その占有の始めにおいて善意、無過失であつたというべきであるから、それより一〇年を経過した同三七年二月二四日の経過とともに時効により同二七年二月二五日に遡り右各土地所有権を取得したものといわなければならない。
してみると、被告に対し本件第一、第三の各土地につき昭和二七年二月二五日取得時効の完成を原因として所有権移転登記
手続を求める原告の請求は、理由あるものといわなければならない。
二、原告わくりの請求について
(一)、原告わくりが昭和二四年六月二日水戸家庭裁判所における前示物件贈与調停事件において被告からその所有にかかる本件第二の各土地の贈与を受けその頃これが引渡を了した事実は、当事者間に争いがなく、右贈与が原告わくりの生活の資を得る目的のもとになされたこと及び原告わくりが右引渡しを受けてから今日に至るまで本件第二の各土地を自らまたは原告のぶをして耕作してきた事実は、成立に争いのない甲第一、第二号証に証人細谷好道、原告本人荻谷のぶ、荻谷わくりの各供述並びに弁論の全趣旨を綜合してこれを認めることができる。
(二)、そこで、以下、被告の抗弁について、順次判断する。
(1)、被告は、右贈与契約には登記名義を移転しない旨の合意が存した旨主張するが、前示甲第一号証には、本件第二の各土地につき「被告は原告わくりに対し遅滞なく所有権移転登記手続をなす」旨の記載が存し、これに原告本人荻谷わくり、荻谷のぶの各供述を綜合すると、被告の主張する右特約は存しなかつた事実を認めることができる。なるほど、原告わくりが右各土地の贈与を受けてから今日まで二〇余年間その所有権移転登記手続をなさなかつた事実は、被告の主張するとおりであるが、右の如き事実をもつてしては、前叙認定を覆えして被告の主張事実を認めることはできない。右認定に反する荻谷正志及び被告本人の各供述部分は、前顕各証拠に照らし措信できず、他にこれを動かすに足る証拠は存在しない。
(2)、次に、被告の右贈与契約解除の主張について判断するに、前示物件贈与調停事件において原告わくりの管理していた被告主張の発動機を原告わくり、晃及び被告三名の共有とし互に必要に応じて使用すべき旨の約定のなされた事実は、当事者間に争いのないところであるが、右約定が原告わくりに対する前示贈与契約の前提とされていた事実については、被告の全立証をもつてしてもこれを認めることができないから、被告の右主張は、その前提において採用することができない。
(3)、更に、被告は、原告わくりの被告に対し、本件第二の各土地につき農地法第三条に基づく許可申請手続を求める権利及びそれを条件とする移転登記請求権は時効により消滅した旨主張する。おもうに、農地法第三条の許可は、農地所有権移転の効力発生のための法定条件であつて右許可を得るためこれが申請を求める請求権は農地所有権移転登記手続をなすに当り不可欠の前提として行使されるものであるが、右許可申請につき協力を求めるところの請求権は、本件の如き贈与契約の場合には、契約上当然生ずるところの債権的請求権であるから、民法第一六七条第一項により一〇年問これを行わないときは時効によつて消滅すべきものであり、また、これを前提とする所有権移転登記請求権も、これとともに消滅すべきものと解するのが相当である。ところで、原告わくりが被告から本件第二の各土地の贈与を受けたのが昭和二四年六月二日であることは、既に説示したとおりであるから、被告に対し農地法第三条の許可につき協力を求めるところの請求権は、それから一〇年を経過した同三四年六月一日の経過とともに時効によつて消滅し、これを前提とする右各土地の所有権移転登記請求権も、これとともに消滅したものというべきであるから、被告のこの点に関する抗弁は、一応理由あるものといわなければならない。
(4)、しかしながら、被告の右抗弁は、権利の濫用として許されないものといわなければならない。その理由は、次のとおりである。すなわち、前叙認定事実によると、原告わくりは昭和二四年六月二日被告から本件第二の各土地の贈与を受けてその頃これが引渡しを受け以来今日までこれを自らまたは原告のぶをして耕作してきたというのであるから、原告わくりは右各土地の引渡しを受けてから一〇年を経過した昭和三四年六月一日の経過により時効により右各土地の所有権を取得し、被告はこれを喪失したものといわなければならない。また、被告は原告わくりの長男であつて右各土地の贈与が同原告の生活の資を得させる目的のもとになされた事実も、既に説示したところである。してみると、被告は、生活の資を得させる目的のもとに母である原告わくりに本件第二の各土地を贈与して引渡し、しかもその後右各土地に対する実体法上の所有権を喪失しながらも、同原告の本訴請求に対し前示の如き抗弁を主張することは、右原告を困惑に陥れるのみで、何ら利益も存しないと認めざるを得ないからである。なる程原告わくりが被告との折合いを欠いて別居してから今日に至るまでの二〇余年間、右両者間に何ら宥和の事実を認められないのみならず、その対立も益々深刻化している事実は、前顕各証拠によつて明らかであり、その原因、行動等につき原告わくりにも非難さるべき多くの点が存したとしても、かようなことから、右認定を左右することはできないのである。
(三)、それならば、被告は、原告わくりに対し本件第二の各土地につき、所轄官庁に農地法第三条による許可申請手続をなし、右許可のなされた場合所有権移転登記手続をなすべき義務ありといわなければならない。
三、むすび
以上の次第であるから、原告等の本訴請求は、いずれも正当として全部認容すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
別紙
目録
第一
水戸市元石川町字乗越沢六四九番二
一、山林 一〇、四七九平方米
第二
(一)、水戸市元石川町字川中子一、三三七番
一、田 一、二四九平方米
(二)、同町字前谷八六一番
一、畑 八二六平方米
(三)、同町字大久保八六三番
一、畑 三〇七平方米
第三
(一)、水戸市元石川町字乗越沢六四八番一
一、山林 一、三一九平方米
(二)、同所六四八番
一、山林 一、二五六平方米